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▼ナンバー2の凄味(和田章郎)
 春のGⅠシリーズが終わってひと息つけるタイミング。上半期を振り返るには絶好なものですから、6月に当コラムを担当すると毎年同じようなテーストになってしまうことをご容赦いただくとして、今年も週刊競馬ブック・ダービー特集号で、ダービージョッキーに思い出を語っていただく企画ページ『語り継ぎたい記憶』の関東分を担当しました。

 昨年は個人的レジェンドの菅原泰夫元騎手に登場いただき、今年はいろんな意味で〝スター〟と言っていい小島太元騎手にお話を伺いました。
 記事は1ページなのに、例によって滅多にあるチャンスではないので、という思いから2時間強、お話を聞かせていただきました。何と言いますか、長いことこの仕事をやっているからこその〝役得〟ではないですけれども、〝冥利〟に尽きます。本当にありがたいことです。

 それはともかく、その取材中、たくさん聞かせていただいた興味深い話の中から、1981年のダービーで騎乗したサンエイソロンでハナ差2着に敗れた際、「生きている価値がない、くらいに思った」というくだりは印象的でした。当然、記事の終りに〝締め〟として触れました。

 しかし、ダービーを2勝している騎手に、掲載スペースが足りなくなることを承知で、惜敗したレースのことまで聞いたのには私なりの理由がありまして、今回はそのことがコラムのテーマになります。と言っても、ダービーでハナ差負けした歴代の2着馬を列記しよう、といった類のことではありません。

 広く知られている言葉に「ダービーは強運の馬が勝つ」というものがあります。

 これ、斜めに構えて読むと、「必ずしも最も強い馬が勝つわけではない」といったニュアンスがあります。なるほどトウショウボーイだのモンテプリンスだの、最近ではフェノーメノとかエピファネイアとか、半端でなく強い馬達が2着に敗れています。勿論三冠馬だとか二冠馬に代表される歴史的名馬は別格としても、上記の馬達とてそんなに見劣らない名馬達だと言えます。
 上記の言葉(慣用句?)、実は競馬を始めた頃からスムーズに納得できた概念でした。というのはそのずっと以前、子供の頃から、何となくイメージしていたことに重なったからです。

 数年前のこと。福島開催中の飲み会の席だったと思うのですが、後輩との間でこんな会話がありました。

 出張先、旅先ならではの話題をしていた最中だったかと思いますが、後輩が切り出したのは、「県庁所在地である都市が、県で最も人口が多い都市じゃない、ってのは珍しいのではないか」
 というもの。
 確かに福島市は福島県下で最も人口が多いわけではありません(現在は3番目とか)。ただ、その当時の私が即答したのは、
 「別に珍しくないでしょ」
 でした。
 するとすかさず「どの県がそうなんですか」と切り返されたので、
 「山口だろ、三重だろ、で、ここ福島で…」
 と続けて言葉が続かず、
 「ほら~、珍しいじゃないですか」
 と突っ込まれたのです。

 珍しいはずの事象を、そうでもなく感じていたのが我ながら不思議で、その宴席後にちょっと考えてみたのです。
 「いや、だって俺が子供の頃は福岡も北九州市が一番多かったし、茨城も一時、日立市が水戸市を上回っていたことがあったような記憶もあるぞ…」
 で、思い至りました。
 稀なケースかとは思いますが、父方の実家が山口で、生まれが福岡で、思春期を三重で過ごし、現在、住んでいるのが茨城。
 要するに、身近だったんです、県庁所在地が人口第2の都市である県が。身近というより当たり前な感じもありました(古くはこうだった、といった事例なら、他の県でもあるかもしれません)。

 そのことを、今になって関連づけていいのかどうかわかりませんが、ずいぶん昔から「本当の実力者はナンバー2なんじゃないのか」みたいな意識がありました(県庁所在地が真の実力者かどうか、といったような考察は、ひとまず脇に置かせてください)。

 ですから、高校野球の準優勝高校やその選手達にやたら惹かれましたし、もっと言うと予選の決勝で負けた方が実は一番強かったんじゃないの?という感覚すらありました。過去形ではありませんね、今もそんな具合に捉えているところがありますから。
 社会全般に目を向けても、官房長官とか国務長官とかがしっかりしていることが政権にとって最も重要なのではないか(歴史モノでも軍師とか参謀とかが魅力的に描かれます)とか、政治に限らず、傍目に見る会社組織などでも感じるケースがあります。

 そんなような経緯と言うか、積み重ねでもって、〝敗者〟に対する独特な思い入れを抱くようになっていったのかもしれません。そしてそれこそが、競馬と長く付き合うことになった要因のひとつなのだと確信しています。前述したダービーの1、2着馬についての感じ方なども含めて。

 そもそもの話。勝者の足跡が物語になるのは当然として、では、敗者には語れるストーリーはないのでしょうか?
 競馬の場合は種を存続させるために厳然たる〝優勝劣敗〟のルールがあります。それは重々承知していますが、だからこそ栄光を掴み損ねた側に、様々なシンパシーが感じられるもの。
 それは多くの人々が、決して敗者だと言う意味ではなく、生きていくうえでうまくいかないことをたくさん抱えていて、その自分を敗れ去るサラブレッド達に投影する部分があるからではないか、なんてことを思うわけです。

 無論、勝者にしか興味がない方もいらっしゃるでしょう。それはそれで考え方として立派に成立するのだろうとは思います。ただ、自分としては、考え方に多様性が感じられないし、深みもない。
 レース結果を見て、「勝ったから強い、負けたから弱い」なんて説明でいいのなら、こんなにつまらないものはない、と、あくまで私が思う、ということです。

 ですからね、オリンピックやパラリンピックで、メダルが獲れなかった選手達を満足に報道してくれない姿勢というのは「どうなんですか?」と、どうしても思ってしまうし、腹立たしくも感じられる。
 勝者を称えるのは当然として、敗者に対してどういうまなざしを向けるのか。これは観戦者として、いや、人間の在り方として、とまで言うと大袈裟になってしまうかな?とにかく最も問われていい資質なのではないでしょうか。

 〝ナンバー2〟の話から少々脱線気味になったように感じられるかもしれませんが、一方的な視点を戒めるのに最適なポジションが〝ナンバー2〟なのではないか、と、ここにきてますます思うようになりました。

 何しろ、そこらじゅうに存在する〝ナンバー2〟を考察すると面白い。
 都市の話に戻って例えるなら、多くの県庁所在地が人口で最大だというのは自分の中で修正しましたけど、ではナンバー2の都市がどうかと言えば、思い切り魅力がある県は少なくない。政令指定都市を有する県以外の地方都市でザッと挙げても弘前、高崎、松本、別府、佐世保…etc。

 ともかく、そんなこんなでサンエイソロンのことを伺いたかったわけなんですけど、ここまで書いてきて、小島太元騎手の言葉をもうひとつ思い出しました。

 2度目のダービー制覇となったサクラチヨノオーの1988年の話です。

 メジロアルダンとの歴史に残る激しい叩き合いを制したのはご存じの通りですが、
 「岡部の馬より柴田の馬(コクサイトリプル)の方が怖いと思ってたんだよな。(勝ち負けというのは)紙一重だったと思うよ」
 みたいなことを言われたのです。

 コクサイトリプルはクビ、1/2差の3着…。
 そうです、競馬の場合、ナンバー2でなくとも必ずストーリーはあります。
 いや、レースに出走した各馬それぞれにドラマはあるはずで、だからもっと掬いあげることができる物語も少なくないでしょう。
 ではどこから光を当てればいいのか。そのポジション取りが、競馬と向き合う際の、永遠のテーマになるのかもしれません。

美浦編集局 和田章郎

和田章郎(編集担当)
昭和36年8月2日生 福岡県出身 AB型
1986年入社。編集部勤務ながら現場優先、実践主義。競馬こそ究極のエンターテインメントと捉え、他の文化、スポーツ全般にも造詣を深めずして真に競馬を理解することはできない、をモットーに日々感性を磨くことに腐心。今年こそは北海道(6年ぶり?)に行かねば、と函館開催直前になって思っているところ。
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